ハドリアヌス帝の回想3ー 故郷
ハドリアヌス帝誕生の地には二つの説があります。
イタリアのローマもしくはスペインのイタリカ(セビリア近郊)。
この小説では後者のイタリカとされていますが、
皇帝は故郷に関する自身の考え方として以下のように述べています。
Le véritable lieu de naissance est celui où l’on a porté pour la première fois un coup d’œil intelligent sur soi-même: mes premières patries ont été des livres.
真の生誕の地は、人がはじめて己れ自身に知的な一瞥を向けた場所である。その意味でわたしの最初の故郷は書物であった。
Marguerite Yourcenar, Mémoires d’Hadrien(『ハドリアヌス帝の回想』 多田智満子訳)より
初めの一文を読んだとき「なるほど」と思い、次の文を読んだとき「うーん」とうなってしまいました。
どうしてこんなにかっこいいフレーズが生まれるのだろうという感動とともに、
もしも書物だとした場合、わたしの故郷はどこだろう?と考えました。
小学生の頃は頻繁に図書館に通っていたのに、これという一冊が浮かばない。
「己れ自身に知的な一瞥を向けた」という点からすると、やはりアルベール・カミユの『ペスト』のような気がする。
でもそうするとわたしの故郷はずいぶん大人になってからのものになってしまう。
しかも日本人の自分にとって、フランスやアルジェリアはあまりにも遠い…。
それにしても今の時代、故郷にはどんな意味があるのでしょうか。
一般的な故郷として考えると、物理的にわたしが帰れるところはもうありません。
死を間際にしたとき、回顧できる場所がないと思うと今からなにか心細いように感じます。