ハドリアヌス帝の回想

パリに行ったときの楽しみのひとつは、セーヌ川左岸のGibert Geuneをのぞくこと。
去年の11月に行ったとき、ふとこの1冊が目にとまりました。

『Mémoires d’Hadrien(ハドリアヌス帝の回想)』

存在は知っていたけれどなかなか手に取ることのなかったユルスナールのこちらの本。
ハドリアヌス帝の別荘(ヴィッラ・アドリアーナ)にあったという鳩のモザイクの表紙に惹かれました。
帰国してしばらく放置、またフランス語の積ん読本が増えたか…とやましい気持ちでしたが、
コロナ禍でここぞとばかり快適なひきこもりの世界に突入しようやく紐解く日を迎えました。

六十歳を迎え死期を間近に感じている第14代ローマ皇帝ハドリアヌスが、
後継者と見込んで養子に迎えたマルクス・アウレリウスにむけて語る回想録として書かれた小説。
以下は、ハドリアヌスが侍医ヘルモゲネスに診察を受ける場面から始まるところの一節です。

Ce matin, l’idée m’est venue pour la première fois que mon corps, ce fidèle compagnon, cet ami plus sûr, mieux connu de moi que mon âme, n’est qu’un monstre sournois qui finira par dévorer son maître.

今朝、こんな考えが、はじめて心に浮かんだ ー 肉体、この忠実な伴侶、わたしの魂よりもわたしのよく知っている、魂よりもたしかなこの友が、結局はその主を貪り尽くす腹黒い怪物に過ぎないのではないかと。

Marguerite Yourcenar, Mémoires d’Hadrien(『ハドリアヌス帝の回想』 多田智満子訳)


ユルスナールはこの本を1924年、二十歳のときから構想を始め、1951年にようやく書き上げました。
この長い探求の間には、十年に渡る着手不能の時期もあり、なんどもとりあげては放棄したとのこと。
この本に付された覚え書きのなかで著者は、
「四十歳を過ぎるまではあえて着手してはならぬ類の著書というものがある。
 その年齢に達するまでは、人と人、世紀と世紀とを隔てる偉大な自然の国境を誤認し、
 人間存在の無限の多様性を見誤る危険がある」
と記しています。

これまで名作といわれる数々の本を気ままに読んできたものの、
内容が記憶に残っていないものが多々あり、読むにも時期があると常々感じていた今日この頃。
きっと今一番いい時期に出会ったのだと思ってしばらくこちらの本に専念していきます。

   

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