ハドリアヌス帝の回想8ー住所不定

ハドリアヌス帝は帝位についてから20年のうち、12年間を住所不定で過ごしたと言います。
ひとつの住居に落ち着くには、あまりにもあらゆる固定というものに不信を抱くと同時に、
常套に陥ることを恐れて、御殿のような邸宅や屋敷、別荘から粗末な小屋や農園まで泊まり歩き、
ふかふかのベッドも裸の大地も同じように好んだとのこと。

長い旅を好む人はまれである。それはあらゆる習慣をたえず破ることであり、あらゆる先入見をゆすぶりつづけることであるからだ。しかしわたしは、いかなる先入見ももたずごくわずかの習慣しかもたぬよう心がけていた。
Peu d’hommes aiment longtemps le voyage, ce bris perpétuel de toutes les habitudes, cette secousse sans cesse donnée à tous les préjugés. Mais jje travaillais à n’avoir nul préjugé et peu d’habitudes.

Marguerite Yourcenar, Mémoires d’Hadrien(『ハドリアヌス帝の回想』 多田智満子訳)

「すべての道はローマに通ず」ということわざがありますが、
「わが国の道路を隅から隅まで知り尽くしているが、この道路こそはおそらくローマが大地に与えた最大の贈り物であろう」
というローマも歩きつくしたハドリアヌス帝のこの言葉からは、
実際にそのような状況だったのではないかと想像されます。

陸路を旅するといえば、何と言っても沢木耕太郎さんの『深夜特急』。
自分もこんな旅がしたかった。けれど現実的には難しかった。
女性としてなかなか取れないリスクを全部引き受けて、代わりに夢を満たしてもらった。
そんな気がして、読んだ後に不思議な爽快感が残り、
スッキリさっぱりした気持ちになったのをよく覚えています。